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全人類、『最後だとわかっていたなら』を心に刻んで実践したら良いと思う

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突然ですが、あなたに後悔している物事はありますか?

今日は、とっても素敵な詩をシェアさせていただきたいと思い、記事を書いています。

ノーマ・コーネット・マレックという詩人の『最後だとわかっていたなら』という詩です。

1989年に発表されたこの詩は、9.11の後に広まり、世界中が涙した感動の詩として現在も多くの人の心に刻まれている詩です。

みんながこの詩を知って、心に留めていられたら、きっと、喧嘩も争いも、後悔や悩み、不安もない人生を生きる意識が持てるようになるのではないかと感じました。

なにか、みなさまのより良い人生のために、思考するきっかけになれば幸いです。

『最後だとわかっていたなら』

『最後だとわかっていたなら(Tomorrow Never Comes)』

 

あなたが眠りにつくのを見るのが最後だとわかっていたら

わたしは もっとちゃんとカバーをかけて

神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう

 

あなたがドアを出て行くのを見るのが最後だとわかっていたら

わたしは あなたを抱きしめて キスをして

そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう

 

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが最後だとわかっていたら

わたしは その一部始終をビデオにとって毎日繰り返し見ただろう

 

あなたは言わなくても わかってくれていたかもしれないけれど

最後だとわかっていたなら

一言でもいい・・・「あなたを愛してる」と

わたしは 伝えただろう

 

たしかにいつも明日はやってくる

でももしそれがわたしの勘違いで

今日で全てが終わるのだとしたら

わたしは 今日 どんなにあなたを愛しているか伝えたい 

 

そして 私たちは忘れないようにしたい

 

若い人にも 年老いた人にも

明日は誰にも約束されていないのだということを

愛する人を抱きしめられるのは

今日が最後になるかもしれないということを

 

明日が来るのを待っているなら

今日でもいいはず

もし明日が来ないとしたら

あなたは今日を後悔するだろうから

 

微笑みや 抱擁や キスをするための

ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと

忙しさを理由に

その人の最後の願いとなってしまったことを

どうして してあげらなかったのかと

 

だから 今日

あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう

そして その人を愛していること

いつでも いつまでも大切な存在だということを 

そっと伝えよう

 

「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を

伝える時を持とう

そうすれば もし明日が来ないとしても 

あなたは今日を後悔しないだろうから

 

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ノーマ・コーネット・マレック(Norma Cornett Marek/1940-2004)

アメリカの詩人。ケンタッキー州出身。

10歳で亡くなった息子サムエルに捧げた詩「最後だとわかっていたなら(Tomorrow Never Comes)」を1989年に発表。

9.11同時テロの後に、彼女の詩がアメリカでチェーンメールなどによって広まり、広く知られるようになる。

2001年頃からはインターネットによる作品発表を続け、64歳(2004年)のときに末期がんにより永眠。
最後だとわかっていたなら』サンクチュアリ出版(訳:佐川睦)

最後だとわかっていたなら

 大切なことは目に見えない

いつ、何があってもおかしくない、目の前の人がいなくなるかわからない現実を生きているということを自覚し、自分にも人にも動物やものにもできる限り誠実に、今を大切に生きていきたいものです。

人は、目の前のこと、日常を生きること、毎日のタスクをこなすことに忙しくて、大事なことほど、すぐ忘れます。

大事なことほど、当たり前のように思っているからです。

本当に大事なことというのは、目には見えないからです。

その場合、大抵何か大きな出来事が起こったときに、感情が大きく反応し、「こうすればよかった」「ああすればよかった」と過去の自分の行動や言葉を悔やんで自己否定を含みながら右往左往してしまうそうです。

そして、一旦の絶望の後に、大切なことを思い出す。もしくは知る。

目に見えないから、常に意識をしているのは、なかなか難しい。

だから、本当は知っていたとしても、すぐに忘れるんです。もともと知らなかったら、そもそも意識をするも何もなく、意識する事を心がける事すらできないわけです。

でも、気付いたり、知ると、意識するというのを心がけようとすることができます。

普段から、大切なことを忘れないように意識して過ごせるようになれれば、いまを生きることができるので、きっと後悔や悩み、不安なんかはなくなりますね。

「後悔先に立たず」とはよく言ったもので、まさにその通り。

過去は過去です。

現状がしんどければしんどいほどキツイ言葉かもしれないですが、過ぎた事です。

過ぎたことなので、今どうこう考えてもどうしようもできないし、その時の自分がそう選択した理由さえ自分でわかっていれば、自分にとってはそれはそれでいいのです。

要は、過去を振り返り、次に活かすためにはどうしたら良いかと考え、今をしっかりと見て未来を見るために、反省はしても後悔したり落ち込んだりするのは数秒程度思い切り感じれば充分だということです。

かといって、感情を抑えるということではないです。感情は、反応として溢れ出てくるものなので仕方のないことで、感情を感じきると良いです。

わたし自身こういう風に、そういうものなのだと腑に落ちるまで、こういう風に思考できるまでにたくさん学びましたし、結構な時間がかかりました。しかし、こういう学びに終わりはないので、死ぬ瞬間まで続くのだと思います。

いろんな捉え方や考え方、自分の思考の癖や思い込み、固定概念。

それらを知れば知るほど、自分の色々に気付く事ができます。

気付く事が出来れば、次から意識することができます。

気付いて意識する事が出来れば、それを習慣にする事ができます。

そうやって、少しずつ成長をしていけます。

私が『最後だとわかっていたなら』を知ったのはたまたまのセミナーがきっかけで、ごくごく最近のことですが、今のタイミングでこの詩を知ったという事にも、ここ数ヶ月の自分自身の変化に伴う何かしらの意味があるのだろうと思って受け止めて、思考しています。

『最後だとわかっていたなら』を読んで、何をどう思い、感じましたか?

みなさまも、自分を大事に、自分の大事なものを大事にしていきましょう。

親や旦那さまや奥さま、子供、友人、ペット、大切に思う何かが自分と共に健在ならなおさらですね。

過去ではなく、今とこれから、目を向ける方向を意識したほうが良いです。

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